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2009年1月11日 (日)

朝鮮人が嫌う 秀吉

豊臣秀吉の時代、僧侶は 増え続けるキリシタンに脅威を感じ、何度も嘆願している。

僧侶:「秀吉様!、大変です、寺に誰も来なくなったのです」

秀吉:「そりゃあ、お前達が普段から悪いことばかりしているから 当然じゃないか」 と、中尾あきらみたいに構えていた。

僧侶:「秀吉様!、今回の大地震は、キリシタンが増えたことに対する仏罰です。バテレンはスペインのスパイです」

秀吉:「災害はいつの時代もあるものだ。お前達僧侶の方こそ、白黒はきちがえる偽者だ」 と一蹴していた。

ところが、サン・フェリペ号事件が起きてしまう。 1596年10月、スペイン船サン・フェリペが暴風雨に遭い、土佐の浦戸に漂着する。

秀吉は彼らを助けるが、積荷に武器弾薬があったので、没収しようとしたら 船長が

「積荷は一切渡せない」 と、大言壮語してしまう。↓

「アジアのほとんどは我々が征服したのだ。日本のような小さい島国は、いざとなれば簡単に征服できる!。まずは宣教師を送って住民の心をなびかせ、次に軍隊を送ってその国を征服するのだ!」 と。。。

この不用意な発言が、秀吉を怒らせてしまう。 秀吉はかつて 「わしはキリシタンになってもいいと思っている」 とまで言っていたのに、この事件を契機に心情変化、彼の側近からもキリシタン排斥の気運が高まる。

そしてついに、「キリシタン禁制」 に政策転換する。 この時に、イエズス会のメンバーも、本国との関係がひもつきだから(援助受けているから)、いい形に証明し切れなくて、殺されていくはめになる。。。

ここまで書けば、読者は理解してもらえたと思う。

「秀吉は侵略者」 の汚名で見つめている日本人も多いと思う。 しかしながら、第2次大戦・前夜の、日本国内における危機感を、450年前の秀吉も スペイン船長に脅されて 同じ危機感を感じざるをえなかった被害者であるということを!。

武器・弾薬を持たない日本人が、来襲する可能性のある西洋人に対抗するためには、大陸に進攻するしかなかったのである。 (ここにも、日本人の器用貧乏が見て取れるが・・・)

まあ、朝鮮人は とりあえず 驚いただろうなぁ・・・

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