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2009年2月25日 (水)

霊的 結界

家相学的に言えば、京都の街は最高の立地だが、3方山で囲まれているので そこに住む人間は 先駆的であるにも関わらず、「閉鎖的」 な人間にならざるをえないらしい。

そこをいくと、東京は2方を海で囲まれているので、日本の中では最高。(鹿児島・高知・愛知に比べても、平野面積が大きいので、おのずと大都市になる) これは、江戸時代に 徳川家康に依頼された天海上人が図った。

南側に水がくると吉相で、南に大海がくると さらに スケールの大きい人物がうまれやすくなるのだそうな。 逆に、北側に海がくる場所で生まれた人間は、裏読みができるので、軍事アナリストや参謀に向く。

厩戸皇子(聖徳太子)は、隋への決死の親書の裏側で、中国から攻められることも想定し、日本海から瀬戸内の軍事拠点を構想して練り歩いた痕跡があるそうな。 日本の国防を憂いておられたのだ。 

「和をもって尊しと為す」 というのは、理念的に和合できる相手との事で、そうでない相手には徹底して愛国者であったのだ。 だから日本共産党と創価学会は、聖徳太子を尊敬しない。

文総裁は、父母国ということで、韓国と日本のベットインを何十年も願っておられる。 つまり、文総裁の日本入国だ。 ベットインしたら、何ができるか?というと、子供ができるのだ。 つまり、神様の尖兵である。

神様の尖兵=第3の国連

私は昨夜、「人間は信仰では変われない」 と書いたが、表面的な価値観以外は変わらないようになっている。 表面的な価値観=社会で監視し合う性のモラル。 ←これは文部省一括教育で、簡単に変えられる。

だが、一人の人間の気質・堕落性・業は 監視が自分だけなので、最後まで残される。

ということは、「地上天国とは どういう状態か?」 と言うと、“強制性の無い 監視社会” であると言える。 

つまり、共産主義国家の秩序は、街にはびこる監視員(ドイツのゲシュタポとか ソ連のKGBみたいに)で保たれるが、神側の共産主義では、正しいシステムの監視で秩序が保たれ、完成すると、おのおのの人間の善なる心の監視(神様主体の共通価値観)でバランスされる社会である。

その究極系が、「第3の国連」 であり、正しい世界秩序による監視世界である。

兄弟喧嘩を止めるのは父母の一喝だが、今までの人類歴史には その親がいなかった。 だから、国際紛争を裁くシステムが存在しなかった。 それが国際連盟・国際連合と発展し、3数完成で 第3の国連で完成形をみるのである。

国連を上院と下院に分け、上院優越の原則がある、 なぜなら、上院を構成するのは「宗教議会」であるからである。 宗教統一されたら、第3の国連ですら必要なくなる。

こうして、人類が一枚岩になれたら、神様と結婚できる。

つまり、神様が初めて、孤独ではなくなるのだ。 そう!、創造目的の達成!。

神様の神様は存在しない。いたら、神様は孤独ではないから、宇宙を創造する必要は無い。 孤独だからこそ、全身全霊をかけて、宇宙と地球と人類を創造された。

神様こそ、人類と結婚できていない、農村の農夫なのである。 女達が、神様以外に関心を持って、手の届かない都会で遊んで、神様を無視している状態なのである。

エデンに帰れ~ エデンに帰れ~

人類は本来、男と女が交わったら、神様とSEXするのと同じ構図に創造されていたのだ!。

こうなれば、神様の想い、即、人類の想い、、、つまり調和型社会の形成が可能なのである。 

「戦争の無い社会」 とは、人類から出発できるものではなく、神様に帰ることによってのみ、達成されるのである。

今までの宗教は、この神様の奪い合い 「俺が正しい、俺の宗教が究極!」 と言い合ってきた。 それを裁くのが、再臨のメシア、文総裁!。 無能な田舎オヤジ!。(←牧歌的で不器用な農夫 の意味)

これを公表する場が、この3月1日にも見られるように、「埼玉SアリーナGPF大会」 なのである。 

それなのに、、、私は動員が決まらない。。。

一人、ぽつんと参加するかな?・・・

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