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2009年1月16日 (金)

アジア基督教の優秀性

いわゆる、西洋・白人の基督教よりも、異端とされたアジアのネストリウス景教の方が、実は真理に近い解釈をしていた。

西洋のクリスチャンは、あまりにも早急にイエスの再臨を期待するがあまりに、なかなか再臨しない救世主に嫌気が差し、中世には教会は堕落する。

おまけに、早い段階で解釈も変えてしまう。 「既に、イエスは死をもって 我々人類の罪をあがなってくださっている。だから、主の名を唱えるだけで救われる。 私達は、もう救われているんだ!」 という解釈です。

だから、カソリックでは三位一体が拡大解釈され、「神様=イエス」 となりました。 

ところが、ユダヤ教をベースとする景教徒は、ちゃんとイエスを救世主として、“実体の人間” として捉えていました。 「父の御子イエス」であったわけです。

西洋の基督教徒は、ヨハネの福音書14章9節 「わたしを見た者は、父(神)を見たのです」 を拡大解釈させてしまいました。

こう考えると、仏教徒の教義捏造・習合だけを責めれませんね。 

しっかし、、、アジアの基督教徒は、結構 統一原理を知ってみると、いい線いってたんだなーと思いますよね。。。

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