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2009年2月23日 (月)

急げ急げ パリパリ

中央日報で 大統領の発言 「任天堂のようなゲーム機が造れないものか?」 という発言に対して、書き込み蘭には 日本人が 「何でも パリパリ(急げ急げ)の精神で物欲しげにしても、基礎技術が何も無いのに、結果だけ求めてどうするのか?」 と揶揄する正論が多数書き込まれた。

本当にその通りで、景気が悪くなると、余計にその兆候は顕著になる。 この時代でも物を買う人は、本物志向だ。 わざわざモノマネの亜流は買わない。 だから、ウオンだけが暴落する。

これを、統一教会の教主がやった場合 どうなるか?。 

いくら宗教というジャンルではあれど、「急げ急げ」ばかりでは、日本人の民度にそぐわない。 不確実で、張子の虎になるのが目に見えているのに、それを押し切ろうとしたら、教主はたえず「劇高のメシア」にならざるをえない。

で、その結果は どうなるか?・・・

今、目の前に広がっている UCへの評価である。

朝鮮には、「急がば回れ」 に該当する言葉は無いのか?。 中国に3千回侵略される間に、「猶予は無い」 という人生観ばかりがまかり通り、全てを投げ打って目的にのみ邁進し、人生の抑揚を無くしていく。。。

今まで、ここのブログでは、“朝鮮人メシアの限界” として、歴史観の貧困さを指摘してきたが、文化や民度・生活習慣全てが世界化できるものが何も無く、それを擁護しないといけない日本人教会員を苦悩させる。

これを指摘できる、度迫力の人間が 日本人に出ないと、メシアは宙に浮くのである。

実際は、これは無理だから、後は どれだけ子女様が文総裁に発言権を持たれるか?である。 「老いては子に従え・・・」 ←これが成立するかどうか?、詠み人知らず・・・

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